2007年度 DIARY 23歳

4月
今年の8月にマサカとモサと3人でイタリアへ旅する計画を立て、一時は週3回のペースでパスタ店に通い続けていたが、決定された今年度の自動車カレンダーを見て日程が厳しいと考え、イタリアは中止にして南米ペルーに変更する。そしてオレがペルー経験者のセトーに依頼する。

GW連休はMと一緒に石垣島、西表島、新城島――南西諸島の旅に出かける。
石垣島去年にタケシと一緒に訪れたが、所在時間はわずか1日しかいられなかった為、石垣島全土を見舞わせる事ができず。あれから一年後、今Mと一緒に石垣島一周してリベンジを果たす。
西表島ブラジルのアマゾンを連想させるような東洋ジャングル探検はかなり楽しめた。が、泊った宿は大失敗だった。
一泊2500円とリースナブルの価格で安かったのは良かったけど、宿に入ってみると・・・ハエ、ヤモリ、アリ、ゴキブリの大群がいて絶句。特にトイレは完璧といっていい位、大勢のゴキブリが埋まっていてトイレできるところではなかった・・・。仕方なく外で野クソする羽目に。ちなみに宿オーナー、右腕にリストカットの跡が・・。


レンタカーで運転の際、過信したせいでバック運転ミスで電柱に激突してしまい、4万円の免責を払う羽目に。レンタカーの店長、なんと北海道北見から赴任してきたとか。

新城島交通手段はツアーでしか行けない、島の中に立ち入り禁止の鳥居が2〜3箇所存在しており、小さな集落に6〜7人が暮らしているーーまさに秘境の島なので、前から新城島に興味津々だった。ツアー申込で念願の新城島に上陸する。

5月GW連休の続きで石垣島東京釧路へ。Mの家に宿泊し、ドライブで阿寒湖、摩周湖、開陽台前の道路、羅臼、愛冠岬など道東一周する。
その後、釧路駅で4年振りにノハラタクヤと再会を果たす。高校時代よりも40kg増加していて体重なんと103kg!!変わり果てた容姿に絶句。そしてオレの知らない空白の4年の衝撃を受け、途方に暮れる。

5月下旬札幌へ飛び、Mと二人で数年振りに円山動物園へ。ソフトクリームを食べていたら、何故か大勢のカラスに追われてしまう羽目に。


高校卒業するまでなかなか行く機会がなかった羊カ丘・クラーク像にやっと訪問。札幌ドーム、JRタワー観光して群馬に帰る。

6月
Mが東京に来てくれ、小学5年以来12年振りにディスにーランド、初めてディスニーシーに行って遊ぶ。その後、横浜のコスモワールド、中華街でアクション、グルメを堪能する。


7月
道東の旅しに釧路へ飛ぶ。ドライブで帯広辺りを周った後に豚丼を堪能。

8月
人生初の南米ペルーへ渡来。中学の時に見た歴史教科書に載っているペルーのマチュピチュ遺跡に惹かれ、いつか絶対行ってみたい!!と想い続けてきた長年の夢がついに実現。勿論、マチュピチュを実現させたのはセトーのお陰なのである。本当に心の底からセトーに感謝している。


標高3000Mのクスコへ行く前に高山病予防の薬を服用して行ったのだが、服用しなかったオギンとセトーは空港に着いて早速、目眩、頭痛、気分が悪くなる等症状が現れてきた。が、オギンは平然としてた。普通の人間じゃないな・・・。リマの一泊1000円の日本宿で生の野菜とトマトを食べたら猛烈の腹痛が起き、早速下痢の洗礼を受けてしまった。そのときの公衆便所はトイレットペーパーが無い為、仕方なくメモ紙でケツを拭いた。紙だからマジで痛かった・・。


念願のマチュピチュ遺跡と対面し、満足してホテルへ帰還中にまさかのマグニチュード8.4のペルー沖大地震に遭遇してしまう。不幸中の幸い、震源地のピスコから200KM離れたクスコの山頂にいた為、被害に遭わずに済んだ。当時は夜中マイクロバスで移動中に地震を起こしていたが、オレを含めて全員爆睡していた為、全然気付かなかったのである・・・。


一生忘れられなかったのは、クスコ山頂でバス移動中に見た夜の星空は手が届いてしまいそうで無限に満ちた、美しくてまぶしい星空を見た事である。まじで感無量だった。


この後、予約満杯で不可能かと思われていたナスカ地上絵が、地震のお陰で予約キャンセルが相次ぎ、オレらは奇跡的にセスナ機予約が取れたのである。悪運が強いですな!


リマーナスカまで600km移動、震源地のピスコを通過の際、砂漠の大地の中、たったの一本しかない道路で地割れによる亀裂が出た為、たったの5kmで3時間超の大渋滞。なんとかピスコを通り抜け、セスナ機を乗って念願のナスカ地上絵を見れて感動した。

 

が、


心配点を挙げるとしたら、広大なマチュピチュ遺跡を見てしまった以上、他の世界遺産をいくら見ても、物足りなく感じてしまうのではないかと心配。。順番を誤ってしまったかもしれない、まず他国の世界遺産を見回ってから最後にマチュピチュ遺跡を見たほうが感動は大きいかも・・・。


8月連休明け
転職活動で日本に帰国して翌日、埼玉県の大宮の近くにある朝霞市、二輪専門のホンダ会社に面接を受ける。同じくも元群馬出身のエリート卒の28歳位のろう者がいた。結果、ウチは2次面接へ通過した。最終面接で採用できる?と思いきや、、、
「嘱託社員として採用したい。5,6年頑張れば正社員になれる可能性はあるよ。」

はぁ???

納得しないウチは、「解雇しやすい嘱託社員は断ります。」とはっきりと答えてホンダ会社を後にしたのである・・・。


当時は安月給、仕事にやり甲斐を感じない、会社大赤字という不安により、転職活動を始めたのがきっかけだった。が、ホンダ会社が転職活動の最初で最後であった・・・。
現実の厳しさを直視し、結局は今の会社のままで働く事にしたのであった・・・。
今思えば、転職しなくでよかったと思う。汗


9月
Mと一緒に草津温泉へ行く。
スキー仲間と一緒に石川県ドライブし、能登半島最北端に到達。

10月
10月3連休
タケシとマサカと3人で長崎県・軍艦島に潜入。世界遺産登録を申請中という情報が飛び入っており、軍艦島上陸するには、国から世界遺産の認定が降りる前に行く必要があった。
レンタカーで長崎県の野母崎までに行き、端で五島列島を眺めた後に漁船の人たちに交渉する。思った以上に難航していて、心が折れそうになったが、懸命の粘りで何とか軍艦島へ連れてってくれる漁業者を見つけた。往復4000円。


今朝4時半に出航し、念願の日本一廃墟の島の上陸を果たす。オレの目に映っていた軍艦島は想像を絶する程、言葉が出ない位めっちゃ巨大な廃墟だった。又、昭和時代へ逆戻りしたかのような異空間にいるみたいで、タイムスリップでもしたのかなと錯覚してしまった。3時間内に軍艦島内探索した。まさに非常識の光景の連続で冒険少年の気分を味わえて実に楽しかった。軍艦島は本当に昭和時代の時から時間が止まったままである。
念願の軍艦島上陸を果たした3人は、佐世保に戻って1日ハンバーガー4個食べる。(佐世保名物バーガー巡り)タケシはトリノオリンピックタワーのパフェ全長120cmをわずか20分で完食。その後、タケシは腕がぷるぷる震えたとはいうまでもないのである・・。

11月

1週間休暇をもらって帰省し、小樽オーンズスキーで練習したり、久し振りに地元のダチと再会して一夜を明かしたりした。

12月
北見で正月合宿、そして2007年が終わる。


1月
Mと一緒に富良野で滑る。群馬に戻ってすぐ尾瀬岩倉で練習するなど、冬休み最高9日間練習することに。

2月
全国ろうオープン大会(群馬県宝台樹)当日に風邪を引いてしまい、実力発揮せず不調のままで終わってしまう。そしてタカバタさんが二冠達成となり、若手とベテラン選手は大恥をかく。

3月
5年間の寮生活に終止符を打ち、社宅へ引っ越す。ワゴンのレンタカーを借りて北出とマサカ二人協力してもらって引越し作業する。


記録
訪問した県(あと15県)
石川県、埼玉県
 
・飛行機搭乗数・・・25回
西表島でゴキブリオンパレードの宿に泊めてしまう。
札幌の円山でなぜか大勢のカラス大群に襲われてしまう。
・初の南米へ渡来するが、ペルー沖大地震に遭遇してしまう。
念願のマチュピチュ遺跡、ナスカ地上絵を見る。
人生初の転職活動。
日本一廃墟島の軍艦島に潜入。