2004年度 DIARIES (当時20歳)

1月 

あすか店のイベントの高設定条件を見つけ、ゴールドXで52万稼ぐ。が、メトロやメッセは相性が悪いのか?37万負けてしまう。

2月

相変わらずあすかでゴールドXを打つ。収支はプラス8万。

3月

2003年の夏にヤマオカさんと母と一緒に岡山や四国、福岡へ行った時にホテルでUSOジャパンの番組である男がヒシミラクルに単勝1200万賭けて2億当てた事を思い出し、競馬に関心を持ったオレは高崎競馬へ視察しに行く。そして春GIに向けて競馬の研究を開始。

4

競馬53万(GI皐月賞で1着ダイワメジャーー2着コスモバルク 馬単3500円が当り、150倍で53万になった。)+スロット51万勝ち(ゴールドX。あすか店で7のつく日スロットイベントで、昨日のハマりが1850Gで止めていた台を選んで打ってみたら、いきなりPGGを当て、怒涛の連荘が続き、閉店までに打っていたら51万になっていた。当選76回。)、続けて三週間でゴールドX30万勝ち、わずか一ヶ月で 130万勝ち、収支123万となる。

一ヶ月130万稼いだのがギャンブル自己最高記録であった。


5月 
バイク一人旅で群馬福島山形宮城といった順で東北一周の旅に出る。


福島・・・猪苗代湖、磐梯山、喜多方、会津、吾妻小富士といったルートで駆け巡る。

猪苗代湖・・・野口英世の博物館を見学。猪苗代湖は別に大した事がない湖である事が第一印象だった。
磐梯山・・・カーブの多いスカイライン?を走るのが結構面白かった。

会津、喜多方・・・朝っぱらから行列が出来ている一番人気の喜多方らーめんまこと食堂へ行き、賞味してみたら・・・全然美味しくなかった・・。こんな喜多方ラーメン、どこが美味しいのか?全然理解出来なかった。二軒目は金箔らーめんを賞味。が、ただらーめんの上に金箔を乗せただけで、全然美味しい気がしなかった。しかも1500円は高すぎる・・・。


山形・・・米沢牛6000円のステーキを堪能。口がとろけそうでメチャうまかった。。、米沢ビジネスホテルに一泊し、翌日に蔵王を駆け巡る。5月なのに、積雪5メートル以上もあり、多くのスキーヤー達が頂上までスキー板を担いで登っている。

リフトに乗って頂上までに行き、山頂の凹みに溜まっている湖?を眺める。冬の蔵王は美しい景色が見れるらしいので、いつか行ってみたいもんだ。


宮城・・・仙台の某大学にいるオレの同級生の友人、クマ(仮名)に2年ぶりに再会を果たす。今晩にクマの知人と一緒に居酒屋で飲み明かす。そしてノーヘルのクマを乗せてアパートに帰宅。一泊した後に仙台駅へ向かい、仙台名物の牛タンを満喫した後にクマと別れて群馬に帰る。

宮城から群馬まで約4時間、夜10時半に寮に着く。

翌日の朝、あすか店のスロットイベント(2の付く日)と同時に競馬のGI天皇賞が開催されていて、どっちに行くか迷っていた。結局、勝率の高いスロットを選んだ。

 

それがオレの人生にとって最大の誤算となる。

スロットを打ちながら競馬のモニターを見ていたら・・・な、なんと横山騎手が乗馬している超大穴の伏兵イングランディーレが四天王(ゼンノロブロイ、ネオヴァース、リンカーン、ザッツプレイ?)を退けて大差を突き放すほど見事な逃走劇を成し遂げ、万馬券が出たのである。しかも、馬単700倍=700万の予想を当ててしまった。

モニターを見て

「あ・・・・・」

オレの予想は当っていた。イングランディーレーゼンノロブロイの馬単一点1万を6点で6万購入しようかなと迷っていたのだ。もし当れば、払い戻しは700万!!
三連複は2000倍!!

ショックを受けたオレは今やってるスロットで勝とうとしたが、6万負けてしまった・・・。
後日、スロットで24万勝ち、収支は5月旅行費と友人のおごり代全部還って来、プラスとなった。

6月
競馬に集中する。が、GIオークス24万負けてしまう。そして、職場の先輩が上司に密告し、未成年のオレが競馬の馬券を購入していた事を会社に発覚してしまう。

 

会議室に呼び出されたウチは、係長、班長、担当に一ヶ月で150万稼いだ事を正直に打ち明け、上司らは唖然する。そしてk係長が「150万はオレが預かるからよこせ」と言われてしまう。勿論、即答で断った。

その後の上司とウチの関係が気まずくなってきた。険悪ムードに包まれたまま仕事し続けるのか・・・と思うと、無性に会社を辞めたくなってきた。でも、ラスベガス一獲千金計画があるから、とりあえず我慢して続けるしかない。


その後、気分転換しに初めてタケシと一緒に新横浜らーめん博物館へ行く。当時のタケシは貧乏で金がなかったので、交通費や食費などの費用はオレが出してやった。もちろん、おごりである。テレビで話題になっている佐野らーめんはイマイチだった。すみれが一番美味しかったな、新横浜らーめん博物館の中で。

7月
相変わらず競馬に情熱を注ぎこむ。スターのキングカメハメハがNHKカップとダービーを制し、史上初変則2冠達成する。にも関わらず、オレはスターのキングカメハメハを買わず、穴馬ばっかり狙っていた。おかげで、大負けを食らってしまう。(7万くらい?)

 

タケシがどこの経由で購入したかは忘れたが、ラスベガスに向けてルーレット基盤を購入した。

タケシと2人でラスベガス一獲千金に向けてルーレット基盤を回しながらどういった戦略でいくかの研究に没頭する。

 

7月下旬 

 

たまたまゴールドXで12万円勝ったので、マエダ(仮名)とオレ2人で1年半振りに北海道に帰った。そして一年半振りに母校に訪れた。当時は高聾祭があったので、久し振りに同級生や先生達と再会を果たすことができた。

 

ついでにセオ、ミサト、マエダ、オレ4人で小樽、札幌へドライブして久し振りの道央を満喫した。

 


8月
お盆休みは、タケシと一緒に北海道に帰る事になった。

 

タケシはインプレッサワゴン、オレはホンダのBAJAバイクで群馬〜青森(八戸)まで高速で行き、フェリーで苫小牧へ。当時はタケシはスピード違反を食らっていた為、法定速度100キロを守りながら青森まで走っていった。

タケシの車のスピードを合わせながら13時間かけて走るのはマジできつい。

無事に苫小牧に着き、久しぶりに故郷に戻った。が、オレの実家に兄貴がいたので、実家に帰らず、タケシの家に泊った・・・。翌日の朝、北海道一周のバイク一人旅に出る。

1日目
札幌静内襟裳岬釧路釧路湿原根室。夜中1時過ぎに根室に着き、ビジネスホテルで一泊。本来はテントで泊めるつもりだったが、根室は夜でも気温12位冷えていたので、テントどころじゃなかった。

 

特に釧路〜根室は夏とは思えないほど寒かった。服5枚着用して走ったほどだ。1日目の走行距離は約560キロ。


静内・・・競馬の生産ファームが有名。名馬・ナリタブライアンの慰霊碑や博物館などを見に行った。


襟裳岬・・・襟裳らーめんは塩味スープがまるで海の味がして、海鮮たっぷり。今まで塩らーめんを食べてきた中で襟裳らーめんが一番最高だった。


釧路・・・地元の同級生、ノハラ(仮名)と再会するつもりで向かったが、仕事都合で北見にいた為、再会出来ず。


釧路湿原・・日が暮れる寸前に何とか湿原の展望台にたどり着いたが、ちょっと暗くて何も見えず。実に残念だ・・・。

2日目
午前2時に寝てわずか2時間で起き、午前4時半頃に根室から出発して一時間後、日本本土最東端納沙布岬に到達。日の出を眺め終わった後に屈斜湖へ向かった。

2日目のルート
日本本土最東端納沙布岬屈斜湖摩周湖網走糠平湖遠軽宗谷岬
2日目の走行距離・・・約810キロ。


屈斜湖・・・普通だった。
摩周湖・・・快晴で視野がはっきりと湖が見えた。話によると、快晴日に見ると結婚出来なくなるというらしい・・・。


網走・・・1年半振りに地元の同級生、ゴトウ(仮名)と再会を果たす。オホーツク限定の海鮮丼を食べた後に網走刑務所へ。

 

博物館が目的なのに、ゴトウはなぜか場所を間違えて本物の刑務所に行ってしまう羽目に。この、二人で寂しくボウリング。


糠平湖・・・湖の水かさが減ると幻の橋が現れてくるという。が、着いたのは夜8時に過ぎていて、湖は真っ暗で何も見えなかった・・。近くにある温泉施設に行ってスタッフに聞いてみたら、「幻の端が見れるのは冬〜春しか見れないよ。夏季だと水かさが増しているからな。」それを聞いたウチは「・・・・」。

 

特に虫(蚊、ハエなど)の大群がバイクとオレ自身に浴びられてしまった為、身体中虫の死骸だらけになってしまった。バイクもそうである。


遠軽・・・路肩によって地図を見ながら休憩していたら、何故か警察に職務喚問されてしまった。あの時は夜11時過ぎだったので、誰もいない道路の上で座っているのが不審に見られてしまったらしい。


宗谷岬・・・日本本土最東端の納沙布岬を出発してから20時間後、午前2時に日本本土最北端宗谷岬に到達。正確にいえば、群馬から出発して4日後、宗谷岬に到達した。

 

バイクで宗谷岬に辿り着き、日本本土最東端と最北端を制覇したという達成感を味わえて気持ちよかった。マジで感無量やった。

3日目
宗谷岬にテントで一泊した後の翌日の朝、宗谷丘陵を満喫して札幌に帰った。
3日目のルート
宗谷岬札幌 走行距離 370キロ

8月連休の後半は1年半振りに地元のダチと再会し、麻雀やビリヤード、ダーツなどをして遊んで故郷を懐かしむかのように楽しんだ後にタケシと一緒に車&バイクで群馬に帰る。

9月
5月にゴールドXのスロットで51万を叩き出して以来、負けが続くようになった。競馬の秋GI開幕となり、競馬に力に入る。が、外れてまくってしまう・・・。

9月下旬
ウチはバイクで岐阜県での全国ろう大会へ見に行く。バドミントンメンバーとして群馬チームを応援した後に同級生の再会へあちこち行く。
特に岐阜県の街は明治時代のローカルな街といった印象に残っている。

10月
3連休はモアイと一緒にバイクに乗って京都県、滋賀県に行く。金閣寺、銀閣寺、清水寺・・・夜は琵琶湖へ。暗くてうーん?って感じだった。その後、モアイ家の近くにあるスロット店でゴールドXを打つ。最初は11万勝ちになっていたが、欲を出して粘ったのが裏目に出てしまい、最終的は4万しか勝てなかった・・。

10月下旬
競馬の菊花賞でタケシが3連単一点1万の6頭ボックス(合計6万)を賭けて何と100万当ててしまう。ちなみに21万賭けたオレは空しくも外れてしまう。
100万当てたタケシは競馬の感動を覚え、競馬の人生へと変えていく事になる。

11月
競馬で連敗が続いた。そして注目のジャパンカップ&ジャパンカップダート共同開催。

そこでタケシはジャパンカップダート54万当り、オレは大本命の外国馬・トータルインパクトが6着してしまい、大外れてしまう。

 

続いてジャパンカップも大外れ。合計26万負け。タケシはジャパンカップ外れても、ダートで当てているから収支はプラスだ。


モニターで結果を見た一瞬、「そんなバカな・・・」と心の中で悲鳴をあげながら立ちすくんでいたオレ、「おっしゃぁーーー!!!」と狂気の歓喜で現金54万受け取りに猛ダッシュしていくタケシ。

 

わずか1日でジャパンカップとジャパンカップダート合計26万損失してしまった。

12月
オレはピザとケーキを買ってタケシと一緒に寮の部屋の中で虚しいクリスマスを過ごした。が、タケシはクリスマスなんて、どうでもいいと言ってやがる。

クリスマスプレゼントをゲットする為に、今季GI最後引退する名馬がラストランで有終の美を飾るといった花道のレースー有馬記念で今年最後の大勝負をする事にした。

 

タケシとオレは渾身の賭けをするが、大外れして21万負けてしまった。プレゼントもらうところが、競馬のJRAにプレゼントしてしまった・・・。

こうしてオレの2004年は終わった。

記録

訪問した県 (あと29県)
福島県、山形県、宮城県、神奈川県、岐阜県、京都府、滋賀県

人生初の競馬、いきなり53万大当たりする。
人生初のスロット 51万大勝ちする(ゴールドX 25500枚オーバー 当選76回(PGG 6回 SGG8回?)
人生初の大勝ち、最高一ヶ月130万円
5月天皇賞700万円の大金を見逃してしまう(予想は当っていた)
人生初ワースト 一ヶ月最高損失 ―54万円、1日最高損失 ―26万円(オークス)
1年間ギャンブル漬け
東北一周の旅
タケシ、一気に借金27万返済する(冬ゴールドXで37万勝ち)
ラスベガスに向けて研究

 

2004年ギャンブル成績
勝ち 261万円
負け 267万円
トータル −6万円

1日最高獲得金 1位 競馬・皐月賞 53万円 (4月18日 馬単3500円×150倍)
        2位 パチスロ・ゴールドX 51万円 (4月27日あすか)

一日最高損失金 1位 競馬・オークス ―26万5000円(523日)
        2位 競馬・ジャパンカップとジャパンカップダート合計―26万円(11月)
        3位 競馬・有馬記念 ―21万8000円(12月26日)

一ヶ月最高獲得金
        1位 4月 130万5000円
        2位 1月 52万7000円
        3位 5月 38万7000円

一ヶ月最高損失金
        1位 10月 −54万4000円
        2位  5月 −47万9000円
        3位 11月 −39万円