2003年度 DIARIES(当時19歳)
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3
1日卒業し母校の別れを告げる。そして最後の思い出を作る為にクマとミマとアオキと一緒にミマのスカイラインの車で札幌から旭川までドライブした。夜中走り続けながら旭川に着いたのは午前0時だった。しかし次の日は車検日だった。予定といえばサロマ湖や網走辺りで走るつもりだった。やむを得ず遠軽へ行ってクマの家に泊まる。

 

凄い事にクマがクマの父に「タカシが免許持っているから、車を貸してくれ。」と堂々と言うのではないか。

 

しかもクマの父の車は高級のクラウン!!

 

高卒、免許取ったばかりのオレに簡単に高級車を貸せる訳がないだろうと思っていたら、な、なんとクマの父は「いいよ」と言っているのではないか。。

 

あ、ありえねー!!

 

遠軽といえばまだまだ豪雪、夜はアイスバーン。。。それでも車を貸せるクマの父の器はでかすぎる。。

 

まさか高卒、免許取ったばかりのオレが高級のクラウンで初運転するなんて思いもしなかった。

 

しかも、夜中にドライブしようと言っているのではないか。

 

高級クラウンに傷つけないように、安全運転でアイスバーンだらけの道をノロノロと走るオレ。

 

正直言ってプレッシャーは半端じゃなかった・・・。しかも吹雪というおまけつきで余計プレッシャーに。。

 

結局は事故ゼロで済み、安堵のため息。。

 

あとで聞いた話だが、

 

もし万が一事故ったとしても、別に車を買い替えるから問題ないとクマが言ってたそうだ・・・。

 


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月上旬
初めてパチンコをしたのは高一。(千円負け)本格的にパチンコを始めたのは高三。学生時代で最高の収支を得たのは3万。卒業後べガスで最後の勝負をして収支を得たのは5万。これが自己最高記録であった。


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30
荷物を積んで我が家の別れを告げ、タケシの家に泊まる。


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31
新千歳空港で母校の長川先生と管野先生、タケシの父母が見送りにきた。俺の家族が見送りに来なかったのは残念に思うが、気にすることはなかった。搭乗口で長川と管野先生が「群馬へ行っても仕事頑張れよ!!」それが最後の別れの言葉であった。

 

飛行機を乗り、我が故郷の別れを告げる。脳裏に過去の記憶を走馬灯のごとくに浮かんで「我が故郷よ、さらばだ。」と心の中でつぶやいた。


午後2時頃、ついに東京に上京した。最新のスロット機種「海一番」をやってみたくて西武新宿行きの電車に乗りスロット店へ行った。そのせいで大手会社の寮に着いたのは午後10時半だった………


4
1
群馬の某大手会社に入社。

 

部署内の入社式で俺はバカな挨拶をしてしまった。

 

「私はギャンブルと麻雀が趣味です。ちなみに私の夢はバイクで“パリダカ”レースに出場する事です!!耳の聞こえない私ですが、よろしくお願いします!」と。

 

しかも、仕事頑張りますみたいな一言は無し。

 

今思えば、あの時の俺は身の程知らずで社員の前で堂々と言えたもんだなと自分が情けなくなってしまった。

 


4
2日〜2週間
人事研修。終了後、技術本部データ担当に配属。タケシは東武アリーナのパチスロ店へ行ってネオプラネットを打っている。しかも勝ちつづけていたのだ。
そしてタケシの自己更新となる最高の収支を得たのだ!なんとミリオンゴッドで13万儲けたのだ………。俺は脱帽した……

4
25
初給料日。159000円とはちょっと安い気がするが、学生時代とくらべりゃこっちのほうか高い気がすっからまいっか。

 

最初の使い道はパチスロの裏攻略情報ナイツ会社の情報料を買うことにした。

 

実は高校の時からパチスロの裏情報を買いたくてずっと我慢してきたのだ。タケシもそうである。情報料は18万。高いのでタケシと割り勘して一人9万払った。


4
27
情報の手紙が来た。ナイツ会社からの情報の手順が書かれていたので早速パチンコ店に向かって実践した。希望した機種はミリオンゴッドである。

 

試してみたら………あれ?当りがこない………間違えたのかな?ともう一度手順を確認してトライしてもだめだった。

 

ナイツ会社に出張してきて指導してくれるようにメールしたが、「サラリーマンの情報もいりますので3万振り込んでください。そうすれば出張します。」といった返事の内容が来た。残りの財産は4万しかなかった。覚悟して振り込んだか、約束の日に経ってもこない……。抗議のメールを送ったが、ナイツはわけわからず「そんなに金があるんだったら10万払って下さいよ!木村さんが非常にがっかりしていますよ!」と逆キレしてメールの返事がパタリと来なくなった。

 

何故、逆キレするのだろうか?とよーく考えてみた。

 

ま、まさか………そう。そのまさかだった。そう、騙されたのだ。はめられたのだ。しかも、タケシは連敗が続いて、稼いだ13万はあっさりと消えた。

4
28~55
ナイツに騙されたせいで、かなり落ち込んだ。残りの財産は1万円しかないのて11食カップ麺の生活が続いた………。金がないので何処へ行くこともなく寮にいるしかなかったのだ………。せっかくのGWなのに………社会人初めての最悪連休のスタートであった。
テレビや掃除機を売ったり、100円ショップへ行って食品調達したり……

 


5
6
ようやく出勤し会社の食堂で飯をたくさん食った。体重は4キロ減っていた。当時は53キロ。業務は課内教育。

4月下旬
タケシと二人で太田市街を散策してみて、「オレ達は今、群馬にいるんだな・・・。信じられないな。最初はここは札幌だよね?」と少し現実逃避してしまったが、群馬にいるという現実を受け入れるのに時間はそんなにかからなかった。

 

某大手会社のマークを見る度に「オレ達は本当に群馬にいるんだなぁ。」と実感がわいてくる。

又は、最初は学生気分が抜けていなかったが、仕事、給料をもらっていく度に、「オレ達はもう社会人になったんだなぁ。」と改めて実感させられる。

オレとタケシは本当に学生を卒業したんだなぁ・・・・。なんだか切ない気分になった。

 

不思議な事に、楽しかった高校の思い出が遠い昔になったような感覚に浸ってくる。

5

金の底に尽き、友達に1000円借金して給料日までに昼、夜は会社の食堂で食い、土日は1日カップ麺1個というサバイバル生活が続いた。


5
25
やっと給料日。サバイバル生活から解放される。が、懲りずにパチンコ裏情報のプロセスワン会社の情報料を申し込む。


6

スロット・海一番を打っているが、収支はイマイチ。プロセスワンからの攻略法は全く効果なし。
7~9
3ヶ月間現場で研修として働く。


7
月上旬
俺の愛バイク250cc「BAJA」を購入する。4スト付きオフロードバイクであり、馬力は16ps。何故オフロードバイクかというと、パリダカを目指す為にはオフで磨かなきゃなんないからだ。


7
月中旬
騙し取られたプロセスワン会社へ行く為にタケシと一緒に東京へ行った。が、会社を探しても見つからない。な、なんと住所まで架空だったのだ。やむを得ず帰ろうとしたらタケシが「スロットをやる」と言われ新橋駅付近のスロット店へ行った。タケシがやっているのはミリオンゴッド。

 

タケシは狂気の目で天井まで粘る。1500Gに到着し、タケシは「当選確実だな」と予告した。

 

すると、数回転もたたないうちに予告通りに当選したのだ。

 

「何故、当たるとわかったの?」問うとタケシはこう答えた。

 

「スロットは天井に制限があるんだ。天井に到達すれば、強制発動して当選する仕組みなんだ。」

 

「まじかよ?!」

 

試しに天井に近いスロット台を探して勝負してみたら、なんとタケシの言った通り、投資1万もかからないうちに当選したのだ。

 

儲けは1万そこそこだが、初めて当選の仕組みを理解したオレであった。


7
月下旬
あすか店で天井に近い台を探し、1400Gはまっている台を選び早速実践してみた。1万円くらい投資してようやく天井に到達し、当選した。が、思わず奇跡が起きる。なんと7連荘し、PGGまで引き当ててあっという間に8000枚オーバーしたのだ。

 

結果は17万円大勝ち。

 

タケシは「ま、まさか、天井から爆発してプレミアムゴッドを引き当てるなんて……あり得ない。」と驚きの表情だった。

 

PGG一撃5000枚放出、SGG当選するだけで3連チャン以上確定――軽く万枚オーバーするほど凄まじい破壊力を誇るのがミリオンゴッド。

 

こうしてミリオンゴッドと出会い、俺の人生を変えるきっかけとなる。

 


8

矢島工場までバイクで通勤している。その日の昼、バイクで寮から出ようとした時になぜか、突然ウィリーをやってみたいという気持ちが無性に出てきて、遊び心でクラッチをスパッと離してみたらバイクの前輪が急に浮き上がり、ウィリーらしい走行ができたのだ。

 

が、

 

初めてのウィリーだった為、頭が真っ白になり、気がつくとバイクが傾き、転倒してしまった。

 

左足首と左膝の大きなスリ傷を負ってしまった。

 

「いってぇー!!」と悲鳴をあげるが、出勤時間がなくてヤバい俺は怪我を我慢してそのまま現場へ急行。

 

すると、

 

班長「おい、怪我はどうした?事故でもしたのか?」と心配そうな目で問われたが、「違うよ、ただ転んだだけだ。」と笑いながらごまかした。

 

忙しいあまりで全然病院へいく暇がなく、患部に消毒していないまま放置してしまった。

 

しばらくすると、患部は悪化し、化膿してしまった。

 

化膿した患部は左足首なので、現場で働いている俺にとってはただ、激痛を耐えながら働くしかなかった……


8
月上旬
お盆休みは8/9~8/19 11日間休日である。

 

学生と比べるとスゲー短いけど俺の友達が働いている会社のお盆休みはわずか3~5日間しかないと聞く。俺の会社の方がましだからいっか。

 

さて、俺はある計画を立てた。

 

それはバイクで群馬から沖縄までツーリング計画なのだ。バイクを購入したのは今年の7月上旬であり乗ってわずか1ヶ月しか経ってないのにいきなり沖縄までツーリングするなんて無理がある。

 

当時の俺はどうかしていたのだろう。

 

やがて、現実の厳しさを味わう事になる。

 

現場の係長に計画を告げると、係長は渋い顔をして自分の部署に連絡し、しばらくして自分の部署の係長に呼ばれた。自分の部署に訪問して係長と面談を行った。あの時は雰囲気が重く、係長の殺気がピリピリ立っていた。重い雰囲気の中でようやく係長の口が開く。

「お盆休みはバイクで沖縄まで走るのかね?」

「はい……。」

と答えると係長がキレて


「バイクを購入してわずか1ヵ月しか経ってないのに、いきなり沖縄だと??ムチャすぎるわ。」

と1時間もかけてパワハラ&説教を食わされるハメになった。これで沖縄ツーリング計画は白紙となり、条件を言い渡された。

 

「条件はツーリング範囲は、関東辺りまでだ!それ以上は認めん!」と言い渡されたのである。

 

こうして俺の夢は見事に打ち砕かれたのであった……………


8
月のお盆休み前半


いとこおじに誘われていとこダチと俺の母と一緒に車で名古屋から岡山県、瀬戸大橋を駆けめぐって四国へ渡る。


初日、俺は新幹線に乗るために自転車で太田駅へ向かおうとしていたら・・・突然、横から車が飛び出して来た。、焦ってブレーキをかけたが、ブレーキをかけた時点で車までの距離はわずか1mしかなく、間に合わず激突した。

 

が、奇跡的に無傷で済んだ。

 

あの時は頭にきていて、治療代と慰謝料を払ってもらうよう、訴訟してやろうかと思ったが、駅の発車時間まであと5分しかないのでやむを得ず加害者をほっといて駅に向かった俺であった。

 

高知県、香川県……戻ってさらに神戸で観光し、旅館でくつろぎながらテレビを見ていた。

 

見ていたテレビは億万長者といった番組で、ラスベガスでなんと10億を稼いだキャンブラーがいたという。または、ある男が競馬でGI安田記念レースに50万賭けて1500万儲け、さらに宝塚記念にヒシミラクル(単勝16倍)をなんと1200万ぶち込む。なんと当り、わずか2分で2億円儲けたのだ。

 

あまりにも強烈すぎて印象に残り、またも俺の人生を変えるきっかけとなる。

 

そして俺と母と一緒に新幹線を乗って九州の福岡に帰った。九州の福岡県が俺の第二故郷である。

 

宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した戦地巌流島へ行って観光し、下関へ行って墓参りをして最後に新幹線に乗って群馬に帰った。


8
月のお盆休み後半
1
日目
バイクで夜中7時から出発。目的地は長野にある北アルプスの乗鞍岳。乗鞍岳までの距離はおよそ330キロ。暗闇の中にスピードを出しながら風のごとく走って行く。走行中に雨が降ってしまう。仕方なく雨具を着て走行して数時間後、ついに北アルプスの領域に突入し、乗鞍岳まであと20キロとなったが、猛雨の上に視界不良、あまりにもひどい状態なので、休憩施設のそばにあるコテージの中にテントを張ってぐっすりと寝た。


2
日目
朝起きて外の様子を見るが、雨はやむ気配がしない。やむを得ずテントを折りたたんで出発。

 

5キロ先からは車、バイクでの乗鞍岳山頂までの走行は禁止されている。バスのみOKなので、仕方なくバスに乗って山頂へ向かう。ようやくたどり着くのも、雨、曇りが邪魔で美しい景色を見ることもなくすべて台無し・・・。

 

たまたま、すごい人を発見した。この人は降雨の中、スキー板を担いで雪のある所へ歩いて行ったのである。

 

さずか、スキーを愛する人は雨だろうか関係なくただ雪があれば滑る!といった執念がすごい。この人だけじゃなく子供達までスキー板を担いで歩いている人がいた……。すごいスキー根性だ。次は上高地、志賀高原を走り、志賀高原辺りの歩道にある地下トンネルのとこでテントを張って野宿。雨なんてもうたくさんだ。


3
日目
ようやく雨が止んだ。でも完璧じゃない……。トイレを探したらたまたま2002年長野オリンピック展示館があった。入館してみるとヘルマン・マイヤー大回転優勝の写真が飾ってあった。

 

「へえ〜っ。大回転コースは志賀高原んとこでやっていたんだ。こんな所に展示館があったなんて、ホントにラッキーやな、偶然見つけた自分は。。」

 

写真を眺めた後にバイクに乗って志賀高原を去る。帰宅途中に草津温泉に寄って入浴した。群馬といえば草津温泉が有名。

 

やがて志賀高原エリアを越えて群馬県へ突入し、ようやく白根山に着く。それでも雨………。降雨は気にせずに白根山観光してから太田に帰った。悲しい事に、寮についた時はもう雨が止んでいた………まあいいや。


8
月下旬

タケシと話し合い、脱サラする為に2年後にラスベガスへ行こうと決心する。


9

同級生のアオキとクマが久しぶりにウチんとこへ遊びに来た。最初は朝あすか店でアオキはパチンコ、クマとタケシと俺はスロットで打つ。俺は相変わらず天井まで粘り、スーパーゴッドを引き当て7連荘して7万勝った。アオキとウメは苦戦するのもなんとか投資した分を取り戻した。クマはスロットの知識がなかったので、指をくわえながらスロットを眺めるだけであった。

 

俺だけ勝ったのでビックリドンキー店へ行って同級生たちにメシをおごってやった。


9
月下旬
悲劇が訪れた。

 

なんとミリオンゴッドが急きょ撤去する事になった。

 

俺にとってはまさに寝耳に水であった。どうやら爆発力が強過ぎで政府からAT機を規制するよう指令が出たそうだ。

 

やがて、ミリオンゴッドの後継者「ゴールドX」が登場した。爆発力はミリオンゴッドより劣るか、連荘力はミリオンゴッドよりはるかに凌駕する。試しにやってみるが、やっぱりミリオンゴッドのほうかましだった。


10
月上旬


朝早く起きて本庄ICの高速道路の出口(埼玉県)で待った。やがてバイクのエンジンの音が聞こえて来る。そして姿を現した。

 

その人はタムラサトシさん。

 

高校3年の時に全国ろうスキー大会で会って以来、実に7カ月ぶりの再会であった。合流したあと、早速タムさんと一緒にツーリングに出る。タムさんのバイクは大型オフロードバイクでKTM。KTMはヨーロッパ産名門ライダーのメーカーで、オフロード界世界最強である。世界一過酷なレースWパリ・ダカWでのほとんどの優勝者がKTMなのだ。

 

さておき、どっかの山の林道へ走ったのだが、タムさんは馬鹿に速いのだ。荒れたコースを時速80キロで飛ばしている。

 

あれがパリダカ出場経験したほどすごい腕だということがわかる。タムさんはめっちゃ速過ぎでついていけない。おかげで何度も転倒する羽目に。

が、これはほんの序に過ぎない。

この後、人生初の九死の一生を得る事になる。

 

峠下りの急カーブの所でタムさんはスイスイと曲がって行く。俺もタムさんに遅れないようスピードを上げる。目の前にある土砂が残っているのを気付かず、曲がろうとした瞬間、土砂に絡まってリアタイヤが滑って転倒してしまい、転倒した俺とバイクはスピードに乗ったままカードレールへとズルズル近づいて行く。

「ああああっ止まらねぇ・・・」

と悲鳴を叫んだままカードレールに激突。

 

気が付くと俺は無事だった。タムさんからバイク用のプロテクトをもらって装着したおかげで無傷で済んだ。

 

バイクはバイクのハンドルがカードレールに引っかかって宙吊りの状態になっていた。もし引っかかっていなかったらバイクは崖に落ちて炎上していただろう。悪運が生きたのだ。タムさんと誰かの人に手伝ってもらってバイクを引き上げた。直せる所まで修理し、なんとか再開した。

 

タムさんにウィリーやエクストリームの技の伝授をしてもらったり、バイクのバッテリーが切れて動けなくなってしまったり、色々あって大変だったけどなんとか無事にツーリングを終了し、心置きなく帰れると思ったら、、、

 

帰る途中に予想外の最悪の結末が待っていた。

それはタムさんと一緒に帰る途中だった。走行中に信号が赤になったので俺は前車の車間距離の余裕を持って停めたが、タムさんは道路の路肩にスペースが空いていたからそこを通って車よりも一番前に出て停めた。俺も一番前に出そうかと路肩を通ったら……バキッボキッと接触した感覚があった。それは車のミラーだった。路肩を通って走るのが初めてなので少々蛇行してしまい、2台の車のミラー2個接触して壊してしまったのだ。

 

ミラーは完璧に折れていた。

気付いた俺は焦って

「タムさん、早く行きましょう!!」

と言ってタムさんと一緒に逃げた。すると後方からベンツっぽい車(暗くて見えなかった)が猛追で追かけて来る。必死に逃げるが、この先は渋滞になっており、逃げ場がなくなり、ついにつかまされてしまった。相手は中年でヤクザっぽかった。

「終わった人生は短かったな・・・。」

と観念したオレ。

ヤクザはキレた顔をして「わしのミラーを壊しながら逃げるなんていい度胸だなぁ!!見ろ、ミラーが完璧に壊れてんじゃねぇか!どうしてくれんだぁ!!」

怒りが収まらないヤクザはどんでもない行動に出たのだ。

「このバイクはおめぇのか?」

ヤクザにタムさんのバイクのキーと俺のバイクのキーを奪われ、そのまま車に乗って行ったのだ。タムさんと俺は必死に走りながら車の方へ追かけて行った。

「すみません、ミラーをぶつけていたなんて全然気付かなかったのです。(ウソ)」

と言ったら車は止まり、ヤクザは「あぁ?」タムさんは「タカシはバイクの初心者です。どうか許して下さい。」と言ったら、ヤクザの表情はゲロッと変わり、笑顔で「なんだ、そういうことか。わかった、許してやるよ。」とバイクのキ−を返してくれてミラーの弁償をしないまま去って行った。

 

なんだがわからないけどとにかく助かったのだ。本当にいい思い出が出来たのである。


10


俺はタケシの車に乗って筑波技術短期大学へ遊びに行った。同級生のアオキとマツモトの部屋を見たらなんと3畳しかなくすごく狭すぎて脱帽した。

こんな部屋で3年間暮らすそうだ。

 

アオキとマツモトとタケシと一緒に筑波山へ行き、登った。筑波山頂上に着いて俺は天に向かって願い事を言った。

 

「パチスロ、ゴールドXR勝負で大勝ちしますように!」

 

金儲けしか考えていない、欲望丸出しの願い事しか言わない俺であった・・・。

 

数日後、あすか店のスロットイベントがあり、それを狙ってゴールドXRを打った。

その結果、なんと11万大勝ちしたのだ。自分も驚いた。まさか、筑波山は神がいるのか??まさか、願いが簡単に叶うとは………


11

毎週ゴールドX漬けの生活を送っていた。もちろん、俺は絶好調。

ところがタケシは連敗が続き、ついに崖っぷちへ追い込まれる事に。

 

数日後、あすかのイベントでタケシは奈落の底へ落ちる決定的な出来事が起きる。

 

俺が打っている中に隣の台にいるおっさんが打っている最中に青7が出現した。おっさんはなにもなかったように打ってやめた。それをタケシに言ったら「マジか?青7が出たのか?よし!粘って当れば間違い無く爆発するわ!」と素早くおっさんがやめた台へ移動して打った。

 

それが地獄の始まりだった。

 

俺は5000枚オーバーして打ち止めた。ところが、タケシはまだ打っていた。時間が経つにつれてタケシの表情が渋くなる。

「まだ当らない!くそ、資金が底についてもうだ!タカ、1万円貸してくれー!!」

俺に金を借りながらしぶとく粘りつづけるタケシ。その結果、なんと天井へ到着してしまったのだ。天井へ突入し、3700回転目でようやく当った。

なんと投資17万かかってしまったのだ。

 

しかし、爆発する事はなく単発のまま終わってしまったのである・・・。

 

気がつけばタケシの借金は27万円に膨れ上がっていた。こうしてタケシは借金地獄へ落ちたのである。過去を振り返って見ると、最初はタケシに金3万円貸したのは5月だった。タケシがミリオンゴッドをはまってしまったせいで5万、10気が付くと今27万になっていたわけだ。

 

タケシは借金地獄に落ちてしまい、返済に悩まれる日が毎日続いていたそうだ……

11
17日(日)
相変わらず朝一からタケシと一緒にパチスロでゴールドXRを打ち、日が暮れる頃に打ちやめて寮に帰る途中に

18日(月)は休暇なので夜は暇だなー」

とつぶやいていたら、タケシは「じゃあ赤城山へ行こうぜ。群馬といえばドリフトが有名で峠を攻めているのは赤城山やろ。行くか?」

それを契機に急きょ赤城山へ行く事になった。が、

 

それが悲劇の始まりだった。

 

太田から赤城山まで車で1時間50分。赤城山山頂を目指して走行中に突然ネコが飛び出して来たので慌てて急ブレーキをかけて止めた。

「何故、山頂にネコがいるんだ?あぶねぇな

頂上まで走行中に歪んでいたカードレールが沢山見られた。おそらくドリフトで何回もカードレールにぶつかっていたせいだろう。あのコースは北海道は滅多に見られない急ヘアピン、多数のSターン、様々な難解コースが沢山あり、運転1年目のタケシはかなりてこずった。

 

俺は一応タケシに命を預けている身なので、タケシの運転を静かに見守った。

 

そして、なんとか山頂に辿り着いた。その同時に安堵のため息。が、山頂あたりに車の駐車場が見当たらない。

「あれっ?どこにあるんだ??これ以上探すの面倒だし、もう帰るか。」

帰り道は下り道になっているため、スピードが上りよりも速くなっていた。タケシはどうやら峠に慣れていたようだ。ところが、時速60…70…80キロ加速していた。

「大丈夫かよ?」

タケシの顔を見たら、ドライビング技術に自信があるといったうぬぼれた顔をしていた。タケシの顔を見た俺はいやな予感がした。

 

この後、ついに悲劇が起きることに……

そう、緩やかなカーブでの出来事である。


緩やかなカーブに近づいてくるにつれてタケシはブレーキを踏まないで時速80キロのまま急ハンドルで右へ曲がろうとしていたのだ。

 

そして急ハンドルで右へ曲がった瞬間、リアタイヤが摩擦の抵抗に耐えられずスリップし始めた。

「えっ?」

車の後方は横へ振るかのように踊り始める。


タケシは焦って軌道を修正しようと左ハンドルへきったら、、、

 

目の前はカードレール……

俺は「死んだー!!!」と叫んだ。

激突の瞬間、俺はスローモーションに見えた。

 

1117日午前1時20分事故発生。………………気が付くと俺は生きていた。

………んっっ?生きている?俺は……あれ?夢だよな?」

少し現実逃避した。運転席にいたタケシを見ると、タケシは無事だが、しばらくは呆然していた。

 

やがて事故っている事に気付いたタケシはすぐドアから出て車の様子を見た。

 

車のフロントはまるでプレス機で押しつぶされたかのように完璧にペシャンコになっていた。

タケシは「わあああああああああああああああ〜っ」

と知的障害みたいにパニックに陥っていた。

「これは悪夢か?いや、現実だ。目の前に現実が……。現実を受け入れなければ!」俺は何回も現実逃避しそうになったが、やっと現実を受け入れた。

 

そして俺が今生きているのを気が付く。命は助かったのだ。俺は今生きているのだ。しかも無傷で!奇跡だ……!車はひどく潰されて重傷か死んでもおかしくないのに俺ら二人は無傷で生きているなんてまさに九死に一生を得たのだ。


「かっ、神様、俺の命を救ってくれてありがとう・・・。」


俺の心の中で神様に感謝した。そして命の尊さを教わった。

 

これで二度目の九死に一生を得たのである。 

 

一年の間に2回も九死に一生を遭うなんて思いもしなかった俺。

これで運を使い果してしまったのではないか?次はもうないかも?と不安を覚えてしまう。

 

事故発生して30分後、タケシは少し落ちついてきたようだ。今回の事故の件を会社に知られるのはさすがにまずいので、事故車をそのまま太田まで帰る必要がある。エンジンをかけてみたら奇跡的にかかったのだ。

「おおっ………奇跡だ!!おっしゃー、これで安心して太田に帰ろうぜ。」

 

希望の光が見えたと思ったら、光は一瞬で閉ざされる。わずか1メートル動かしただけでエンジンから激しい白い煙が噴出してエンジンの鼓動が止まった。

「ああっ……どうしよう」

やむを得ず通りすがりの人に救助を求めた。通りすがりの人は若者カップル。すると彼は「すっげー、あんな大事故に遭ったというのに、2人共無傷で無事とは。あり得ない。」と驚いていた。

 

警察に黙って別のレッカー業者を呼んでもらうように伝えたが、通常のレッカー業者だと午前2時は営業していないので、やむを得なく警察を呼んでもらう事に。

 

やがて警察とレッカー業者がやって来た。


レッカー業者「赤城から太田までだと78万かかります。」

聞いたタケシと俺は「はあっ?」と耳を疑った。もう一度聞いてみたら

レッカー業者「はい、78万です。」

………

二人は唖然。


「・・・・申し訳ないですが、こんな大金を払う金はありません。どうしたらいいですか?」

するとレッカー業者は「じゃあ赤城のレッカー屋に預かっておきますね。あとで貴社のレッカーで運んでもらえると良いでしょう。ここから赤城のレッカー屋まで約3万円かかりますが、よろしいですか?」

 

というわけで3万円で決着がついた。そして警察の事情聴取が始まる。

「事故が起きた原因はなんですか?」

するとタケシは「やば……スピード80キロ出したなんて言えない……!どうしよう……!」と悩んだ。やがて俺はネコがいた事を思いつき、ネコをネタにして警察にこう言った。

「事故の原因は、突然ネコが飛んできたので焦って曲がったせいでリアタイヤが滑ってしまい、カードレールに接触しました!」

と誤魔化したら警察は「なるほど。」あっさりと納得。

 

そして俺ら二人はパトカーに乗って署まで連行された。

 

パトカーに乗ったのは生涯初めてだ。

 

署内で再び事情聴取を受け、パトカーで赤城駅まで送ってもらい、電車で太田に帰ったのである・・・。

 

「ああぁっ、空が明るくなってきたか……。」

 

午前640分―寮に到着。不幸中の幸い、タケシと俺はたまたま今日が有給休暇だったので、一日中爆睡した。

 

しばらくした後にタケシに請求書が届く。

車の修理代70万、カードレール修理代5万総額75万円。こうして奈落の底へ突き落とされたタケシであった……

12

正月休みはタケシと一緒に念願の沖縄、人生初の南の島へ旅に出る。

 

実をいうと、初めての沖縄にすごい楽しみにしていた。

 

2年前、高校2年の時に修学旅行でどこへ行くかを話し合っていたときだった。

 

最初は海外、韓国を挙げていたが、航空チケット都合で厳しい為に却下された。となると、残りの候補地は九州と沖縄。

 

南の島に行った事がない俺はもちろん、沖縄に一票入れたが、結果はなんと20(九州)対3(沖縄)で圧倒的に九州勝ちとなってしまった。

 

納得いかない俺は九州に入れた人に問い詰めると、

 

「沖縄って、綺麗な海以外は何もないじゃん。」

 

「ハブに噛まれるのが怖いから沖縄はパス。」

 

「九州の方がゲーセンとか遊び場があるじゃん。」

 

なにそれ。遊び場なんてどうでもいいじゃんか、札幌でもゲーセンとかあるのに、わざわざ九州までいっても・・・。

 

これが高校生の考え方なのか。と残念に思ってしまった俺であった・・・。

 

あれから2年後、ついに念願の沖縄に行ける事になった俺は飛行機に乗った時からずっとハイテンション気味になっていた。

 

計画ではレンタカーを借りて1週間沖縄で過ごすつもりだったが、わずか三日で沖縄を1周完走し、観光もすべて見終わってしまった。

 

あれまま?思っていたより短いな??仕方なく予定変更してすぐ群馬へ帰ったのである……

 

ぶっちゃけ話だが、沖縄旅行三日間全部、車の中で寝たんです・・・。1日目は那覇の近くにあるコンビニ店、2日目は辺戸岬、3日目は那覇の近くにあるコンビニ店で停めて寝たのである。もちろん、朝一に「邪魔ですよ。」コンビニ店員にたたき起こされて追い出されたことも。

1月
太田メッセで正月イベントがあり、タケシと一緒にゴールドXを打つ。タケシにとってはギャンブルの人生を賭けた勝負である。

 

すると、タケシはまさかの奇跡が起き、なんと37万勝ってオレに借金27万を一発で返済されたのだ。

 

あんな芸当が出来るのはタケシしかいないだろう。

又は、爆裂機ゴールドXだからこそ、37万獲得出来たんだろうな。悪運が強過ぎるとしか言いようがない。ちなみにオレは11万ちょいで勝った。

が、翌日タケシとオレは二人そろって10万負けてしまう・・・・。



記録

・訪問した県 (あと36県)(幼稚の時に奈良県へいったため)
群馬県、東京都、岡山県、愛知県、香川県、高知県、茨城県、長野県、沖縄県。

・タケシ 借金 27万

・スロット初勝利・・・17万 ミリオンゴッド

・一ヶ月1000円生活 2回

・人生初の事故。(赤城山、タケシの車)

人生初の転倒事故。(埼玉? たむたむとバイクツーリング)

・人生初のバイク一人旅

・パチスロ情報にだまされる

人生初の南の島

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